KENTARO KOBAYASHI SOLO CONTE LIVE「ポツネン」@東京芸術劇場

絹谷幸ニフレスコ

東京芸術劇場と、いうと大ホール入り口の絹谷幸ニ作・天井フレスコ画を用もないのに眺めに来たもんだ、2回くらい。芸大の院生だった予備校の講師が借り出されて着彩したとかいってたな、そんな頃からの友人(妊娠中・小林賢太郎さんと同じ大学・ラーメンズ好き。)とみた。ねたをばらさず感想をしたためるのは至難の業ですね。
↓配布されたごあさつ状より…↓ 

御挨拶
コントの領域を知りたくなったのです。どこからどこまでなのだろう。
何をやらなきゃいけないのだろう、何をやってはいけないのだろう。
境界線はどこだろう。逆に中心はどこだろう…。 

コント【conte】はフランス語です。
辞書の上では「1;短編小説。特に機知に富、風刺やひねりを利かせた作品。
2;笑いを誘う寸劇。小喜劇」だそうです。
なんともざっくばらんな説明ではありませんか。
逆手に取れば「何でもあり」とも言えるわけです。
こうなると探究心は止まりません。
コントの0地点を探ることから始めることにします。

まずは材料。パフォーマンスの最小単位として、身体をひとつ使います。
とりあえず自分。舞台と背景はどうでしょう。
経験上コントの床には安定感が欲しいので、黒。
背景は見る人の想像を壊さない為に真っ白。
お客様に対する敬意と、扱う商品が大切なものであるという姿勢として、
衣装はフォーマルにします。
コントと同じライブパフォーマンスのジャンルにマジックがあります。
マジックにはステージマジックとテーブルマジックがあります。
ならば、ステージコントに対して”テーブルコント”があってもよさそうなものです。
こしらえました、卓上コント。後で見せます。

「NO CONTE.NO LIFE.」
コントしか出来ませんが、コントには何でも出来ると信じています。
小林賢太郎ひとりコント公演「ポツネン」にようこそ。
最後までごゆっくりお楽しみ下さい。
僕も、負けないくらい楽しむつもりです。
テーブルコントそうだったのかー。
コントの領域として肉声を発しなくてもいいんですね。「アナグラム」で「ほー」と言わせるコントがあったのです。例えば「言葉の再構築」「羊達の沈黙」などの言葉が一文字つづ書かれたカードをシャッフルしテーブルに並べた新しい意味の言葉がスクリーンに投影して笑わせてもらった。
いわゆるお笑いの中で視覚に訴える部分が多いラーメンズ小林賢太郎ひとり舞台はよりその要素が強かったと思う。(DJもこなすという彼の釤イカの歌”も絶滅分野の音楽で笑ったけど。)
最終的に全てのコントが集約され落ちがつき、ホントにここが小さく自分がポツネンとした存在思われるまでに想像が広がった感覚に「ほー」と!みせられる。
最後2回もアンコールに顔をだしてくれて、マイクを外した肉声で挨拶してくれた小林賢太郎さんでありましたあ。